12月
2013年12月31日
23日に営業を終えた一週間後、私が本を読んでいることになどまるで構う様子もない母は、何度も、最近あった出来事等々を私に話しかけてくる。ストーブが焚かれた部屋はそれなりにあたたかく、外に面した窓ガラスだけでなく、廊下に面した扉のガラスも曇っている。父はダイニングテーブルで手帳を開いているのだか、年賀状を何かしているのか、わからないが何かしている。私に話しかけることに満足したらしい母はコタツで本を読みながら、眠そうな声をあげたので、うとうとしている。今日の午後に実家に着いてからの私は佐々木敦の『シチュエーションズ』を読んでいたが、それまでは電車の中の2時間、それからカフェでまた2時間、ボラーニョの『2666』を読んでいた。
そのカフェは、夏に田舎に帰ったときに寄り、父が温泉に入っているあいだに行ってこようと行ったが、満席で、待っていたらもう戻らなくてはという時間になったのでテイクアウトでジュース買って帰った、といういわくつきのカフェであり、同日朝にその姉妹店に行ったところでものすごくよかったのででは本店というところで希求していたのだけれども、今回はすんなりと入れた。
私はその場所をこのうえなく好きになったらしく、これだけの人気を得ながら、これだけの好ましい状況を維持させているものはなんなのか、その秘密を知りたくて、というのは半ば嘘で(ということは半ばは本気ということらしい)、好きになったから、この機会にもう一度行きたいと思っている。元旦はさすがにとは思うけれど、2日の昼過ぎなど、どうでしょうか?
『2666』は24日の朝に丸善で買い、行く先々で、少しずつ読み進めている。過剰な期待を抱いていた通り、過剰に楽しい。小説!という感じで大喜びで読んでいる。わざわざ読書用のノートを買ってあれこれ書き写したりメモしたりしながら読んでいる。今は第三部が終わり、第四部「犯罪の部」が始まるところだ。途方もなくワクワクするじゃないか。ワクワクするから、いつでも話しかけてこられる可能性のある母の覚醒中はやめて、静かに読むことに集中できる、母の睡眠中に読もうとして、今この家ではまだ開いていないということだった。
この家は、私は実家と言ったらいいのか田舎と言ったらいいのか扱いが難しい気がしているのだけど、祖母の家、というのが通りは一番よさそうなのだけど、今は普段は誰も住んでいなくて、そもそも、私が小ニぐらいのときに建て替えられて以降定住したのは祖母ですらなく、祖母の妹だか姉、つまり大叔母か大伯母だけで、祖母は建て替えが終わる前に亡くなったのだった。祖母の家だったら通りはいいけど実態は違い、大伯母か大叔母の家だったら実態は近かったけれど問いを誘発することを避けられず、大叔母か大伯母は、祖母のように慕っていたし、孫のように可愛がってもらっていたから、祖母といってもまるで差支えのない存在なのだけど、彼女がなぜ結婚しなかったかについてはよく知らず、戦争のため行きそびれた、という漠然としたことしか聞いたことがないのだが、かつて納戸にあり、いま岡山の私の家の隅のダンボールで眠り続けている世界文学全集は、彼女が買ったものらしかった。私は彼女が本を読んでいる姿はあまり見た記憶がないが、読書がとても好きだったということだった。私は世界文学全集は重すぎて、ダンテの『神曲』と、カフカのどれだったかと、を読んだぐらいで、あとは眠っていた。大伯母というか大叔母というか祖母みたいなその彼女は父が建て替えたその家に一人で住み、2階建てで全部で7つか8つ部屋のあるその家にたった一人で7年か8年か住み、私が高校生のときに脳卒中か何かで風呂場で倒れて以来、病院で寝たきりのまま生きている。言葉を用いて会話するような類のコミュニケーションはもはや取れないまま、ずっとそうしている。何年も見舞いにも行っていない気がする。
この実家というか田舎というかに来る前に、友人の家に2泊お世話になり、昨夜は鍋をして、くつろいだ。他人の家であり、昔からの友人一人ならまだしも、以前一度会ったことのあるだけの彼の彼女と二人暮らしの家であり、そういう中で、ああいったくつろぎを感じて眠り、すっきりと目を覚ます、風呂借ります、布団干します、コーヒーありがとう、皿洗います、トイレ借ります、洗濯だなんてそれじゃあお言葉に甘えます、そんなくつろぎの中で時間を過ごすことができるだなんて、私にはわりと、感動的な出来事だった。鍋をつつきながら、二人とあれこれと話していると、その団欒の中にいると、私は何度か、ほとんど泣きそうにすらなったものだった。
この数日は涙もろいのかもしれなかった。今日も、その素晴らしいカフェで本を読んでいたところ、一時間ぐらいが経過したときだろうか、店員の方が近づいてきて、よろしければ、みたいなことを言ってデスクライトみたいなやつを点けてくれた。最初から点けておけば、みたいな反論がありうるのはわかるけれども、私はその親切というか気配りに、何かほろりとやられそうになったものだった。「あのお客さんずっと本読んでるな、あ、あの電気つけたらもっと目に」というような考えが店員の方に浮かび、それでそろそろと近づいてきたのかと考えると、私はそれはとても好ましいものだと感じたものだった。
あるいは昨日だったのか、あれは一昨日だったのか、昨日か、ユーロスペースに行き鈴木卓爾の『楽隊のうさぎ』を見ながら、どこらへんからだろうか、主人公の男の子がちゃんと練習し始めるあたりからだろうか、違うな、ティンパニーの3年生が(あの3年生の存在が本当に素晴らしい!)彼に何やらをやらせたいと先生に相談して(あの先生というか宮崎将の表情が終始素晴らしい!)、それで全体練習をするくだりあたりからだろうか、あの3年生がリズムを叩きながら指導するあの感じからか、私の涙腺はどうかしたみたいに、少し刺激があったらすぐに泣いた。最後は、嗚咽するんじゃないかというぐらいに泣いていた。
中学の吹奏楽部の映画で泣かないわけがないので当然で、誰かが一生懸命であること、大きな声あるいは音が発生すること、その二つが揃うぐらいで私はたぶん涙腺ということで言えば決壊するような仕様だから、泣くのは当然なのだけど、だから、この手の題材のものを見るときに、泣いたかどうかはよかったかどうかの判断材料としては弱いことになるのだけど、でも映画の前で泣くことは私の中でわりと正義だからそれで手放しになってもまるで構いもしないのだけど、でもやっぱり『楽隊のうさぎ』に関してはそれだけではないように思っていて、というか誰かが一生懸命であること、大きな声あるいは音が発生すること、子供がすごくいいこと、その三つが揃ったらもうどうしようもないわけで、子供たちが、どのぐらいの素人度の子供たちなのかはわからないけれども、子供たちがことごとくに本当に信じられないぐらいにそれぞれがそれぞれにちゃんと存在を屹立させていて、どこを見ても、まったく見たことのない表情があるような気があって、そして途方もなく美しいことに彼らは撮影期間を通して本当に楽器を操る技術を成長させていて(成長の先の美しさと同時に、あるいはそれ以上に、最初に手に取る時のおぼつかなさが画面にしっかりと定着させられているということが感動的だった。握り方逆じゃん!というあの子が!というそれというか)、そして身体的にも成長していくという事件に遭遇し続けていて、私はその途方もない美しさに圧倒され、涙を流し続けていたような気が今している。
一年の最後にいいものを見られた。私は電車を乗り継ぎ、酒を買って友人の家に帰ると、ただいまと言った。
24日から3泊で彼女と奈良や京都を遊び、そのあとは友人と会って飲むばかりした。映画は昨日の『楽隊のうさぎ』のほかは、ジム・ジャームッシュの『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』を新宿武蔵野館で、ソフィア・コッポラの『ブリングリング』をシネマカリテで見ただけだった。年明けはカサヴェテスを見たいと思っている。
本を読むか、それ以外は友だちと会って飲むばかりした。私はその事柄、その時間がとてもうれしくて、友人というものの存在を希求していたことを、それは前から知ってはいたけれど、希求していたことを、ただただ実感するのだった。野放図に私は言葉を発し続けていたような気がした。そうすればビールも進んだし、胃の調子はそこそこだった。2週間分の胃に関する薬を医者から処方されているので、安心だ。それよりも、3泊目に京都のゲストハウスに泊まった翌朝からか、今年ずっと出ていなかったアトピーが顔限定で出たような感じがあり、最初の数日は持っていた保湿剤を塗ってしのいでいたのだけど、これはしんどくなったらたいへん気分を害すると思い、薬局でステロイド(強さのレベルはミディアム。顔に塗るのがよくないことはわかっているが、塗布範囲を限定的にすること、それから湿疹が収まったと判断したらすぐに塗布を中止すること)を買った。それを塗って、いくらか落ち着いた気がした。
奈良は二人とも中学生の修学旅行時以来だから初めてのようなものだったし、どんなイメージも持っていなかったのだけど、ひなびたところで、ひなびたところだけど行くに値するような魅力のある店は徒歩圏内にいくつもあり(徒歩圏内と言ってもずっと歩いていたから(地図上で)下から上で40分とかは徒歩圏内としているので遠いかもしれないけれども)、いい町だと思った。たくさんの個人商店があり、ろくでもなさそうな店もたくさんあり、これはきっと出店のハードルが低い、地価が安いのだろうなと思った。いい店はとてもよかった。
京都は喫茶店とか本屋とかに行った。東京でも本屋とかに行った。本屋はいつだって楽しかった。ガケ書房ではboidの樋口さんの映画評のやつと、たしかやはりboidから出ていた瀬戸なつきの嘘つきなんちゃらにまつわる小さい本と、荻窪の6次元の方の本を買った。6次元の方のやつを読んだ。「つなぎ場」みたいなことが書かれていて、つながる系の言葉に過敏に反応する私はもう絶対に苦手というか苦手なんだろうなとは思いながら、東京はカフェ化しているみたいな目次の言葉がちょっと気になって買ったのだけれども、やっぱり総じては苦手だった。考え方レベルではなるほどなるほどと思ったりも確かしていたのだけれども、たぶん言葉の使い方レベルの苦手さだと思うから、そういうことはすっ飛ばして意味内容を吟味して「ふむふむ」とか言うべきなんだろうなとは思うのだけど、やっぱり苦手意識を感じてしまうのだった。それにしても最近は店をやっている人の本をよく読んでいるけれど、B&Bの方のやつが断トツで面白かった。
そのB&Bには夕方ぐらいに行ってみたらイベント中で、半分しか入れず、半分までは入れたから御の字かもしれないけど(おんのじってこの漢字なのか。てっきりの恩の字だと思って、意味もそういう意味合いで使ってしまっているのだけど、もしかしたら違うのだろうか。現在このPCはインターネットにつながっていないため、テザリングすればいいのだけど今は億劫のため、調べるのが億劫なため)、向こう半分は小説とかが確か前行ったときはあるエリアだったからそちらに行けないのは残念なことではあったのだけれども佐々木敦の『シチュエーションズ』と松岡正剛の『知の編集術』とオリヴィエ・アサイヤスの自伝めいたものを買った。
松岡正剛のやつを読んだ。「編集ってなんだか大変そー」と思った。今わりとそういうことにはとても興味があるのかもしれなかった。何かを編集すること。それはたいへん出来たらいいなと思うことの一つだった。来年はそういうことをがんばるぞ、とか思うのだろうか。
一年、というものを区切りとして扱うことに対して私はバカらしいとずっと言っていたというか去年なんかはそういうたぐいの発言が散見されていた気がするのだけど、今年はわりとそういうひねくれたものがないみたいで、今年はこうだったら、来年はどうなることか、みたいなものがわりと素直にあるらしい。今、改めて自分が打鍵する音を聞いていたらこんな速さでタイピングできるなんて人間って捨てたものじゃないよな、と思った。人生というものが思ったよりずっと楽しい、と友人が言った。