読書感想文 野々山真輝帆編/ラテンアメリカ傑作短編集:中南米スペイン語圏文学史を辿る
2014年3月30日
ラテンアメリカ傑作短編集: 中南米スペイン語圏文学史を辿る来たるべき『2666』に向けて一年間ラテンアメリカ小説縛りで読書をおこなうということを経験した身としてはその地の傑作短編集と銘打たれたものを読まないという選択肢はないわけで、読んだわけでした。
よかったのはエステバン・エチェベリーアの「屠場」、バルドメロ・リリョ「十二番ゲート」、リカルド・ハイメス・フレイレ「インディオの裁き」、リノ・ノバス・カルボ「ラモン・イェンディアの夜」、アルトゥーロ・ウスラル・ピエトリ「雨」、マリア・ルイサ・ボンバル「新しい島々」といったところで、特に巻頭の「屠場」は、ラテンアメリカ最初の短編とも言われる作品とのことだけれども、それはわりと僕の中のラテンアメリカってこれだよね~やっぱり、みたいなものと合致するものでもあった。
「四十九頭の牛はそれぞれの皮の上に並べられていた。二百人ほどの人間が牛の動脈から出た血でどろどろとなった地面に足を踏み入れた」
そんな屠場における真っ赤っ赤な狂宴の模様はたいそう禍々しくバカバカしく、子供の首が唐突にちょん切られるくだりに限らず、にぎやかでいいなあと思いながら読んだ。
「十二番ゲート」はたぶんページを折ってあるこの箇所がよかった。
「むなしく朝から夜まで、耐え難い十四時間も、厳しい労働の中で、蛇のように身をくねらせながら、激しく厨房に襲いかかってきた。店の奥底で彼のように労働を強いられた何世代もの人間が、終わることなくこなし続けてきた尽きることのないオーダーに気合いを入れて向き合ってきた。
しかし、この手強く絶え間ない戦いは活力あふれた若者を急速に老いぼれに変えていった。狭く湿った陰気な厨房の中で、背は曲がり筋肉はゆるみ、檜を前に震える癇の強い子馬のように、年老いた店員たちは毎朝店への通勤路を歩いていると腹のそこからこみ上げてくる吐き気に堪え切れず何度も何度もえづいた。目からぼろぼろと涙がこぼれ、それでも吐き気はおさまろうとしなかった」
大変だよね、労働、というところか。
「インディオの裁き」
なぜかというか誤植で本文の上にある作品名は「インディオの嘆き」となっているのだけど、裁きも嘆きも大差ないか、と思って読んでいたらけっこう大差あった、という作品だった。これ虐げてきて今や虐げられる側となった旅人は怖かっただろうなあと思いました。「突然、山の頂から放たれた巨大な石が、うなりをあげて彼らの近くを転げ落ちていった。その後、次から次へと……」とか。たいへん怖そう。
あとこういうところが好み。
「こうも言えるかもしれない。尾根や四つ辻を呪いが伝わっていくのだと。」
こういう感じが好きなので「新しい島々」もそういったところに「いいね!」となって、「一晩中、風は同じ調子で唸りながらパンパを縦横無尽に駆け巡った。時に家を取り囲み、窓や扉の隙間から滑り込んでは蚊帳のネットを激しく揺らしていた」という書き出しからしてグッときて、こういう文章を読むとムージルの『特性のない男』の冒頭部分を思い出すけれど、無人称的なカメラって僕は好きなのだろう。ウルフの『灯台へ』の第二部とかの無人の屋敷とか。いいよねーと思う。
あとこの作品を読んでいると節々で、特に前半だけど、というかだんだんつまらなくなっていったのだけど、冒頭の風とか女の弾くピアノの音が聞こえてきたあたりとか、読んでいると僕も小説を書きたいなあと思う気分になって、小説を書きたいぞ、と僕に思わせる文章はたぶん僕はとても面白く読んでいる証の一つだと思っているので、たいそうい面白がっていたのだろう。だんだんどうでもよくなっていったんだけど。
「ラモン・イェンディアの夜」はカーチェイスの疾走感すごいし最後救われないよね、というところ。「雨」は年老いた夫婦に宝物、主に子供、というところで『うたうひと』の民話語りを思い出し。
まあなんかそんな感じでなんかいい加減な書き方をしているなーと我ながら思いながら書いてきたのだけど実際のところ全体を通したら全然ワクワクみたいなものはなくて、「ラテンアメリカ!」と叫びたくなるようなあの高まりは全然なくて、僕はスペイン語も英語も解さない日本人なので白水社とか現代企画室とか水声社とかそういう素敵な出版社が出しているようなものぐらいでしかラテンアメリカの小説というのは知らないので、どうなのかわからないのだけど、ここで取り上げられている作家たちはどの程度ほんとうに重要な作家たちなのだろう。知っている名前はそれこそオラシオ・キロガぐらいしかないし、キロガとて読んだことはないのだけど、他はまるっきり聞いたことも見たこともないのだけど、どうなのだろう。まあでもあとがきに「作品は主として私が留学したイリノイ大学大学院博士課程ラテンアメリカ文学専攻の学生を対象にした推薦図書の中から選んだもの」とあるから、きっと立派な作品なんだろう。
この短編集は副題に「文学史を辿るとある通り年代順に並んでいて、「屠場」が1838年で最後のやつが1964年だけど、むしろそれ以降のラテンアメリカの作家たちの短編集を読んでみたい。去年読んだ『巣窟の祭典』のビジャロボスとか『盆栽/木々の私生活』のサンブラとか、そういう若い作家たちの、今こういう人たちが熱いんですよーという短編集を読んでみたい。