3月、日記(マイアミ、バジェホス、東京)
2013年3月18日
昨日チャールズ・ウィルフォードの『危険なやつら』を読み終え、それがあんまり面白かったためか丸善に行ってウィルフォードの他の作品を探してみたところ豪華版な感じの全集っぽいものを見つけてしまい、まさかこんな形で出ているとは、と驚きながら手に取り、今年はラテンアメリカ文学ばかりを読みたかったのだけど、ここは一つ、ウィルフォードに浮気をするかな、でも手始めにどれを読んだらいいかな、と思う夢を見た。いずれにせよ、それはすこぶる面白い小説だった。追い詰められた殺し屋の沈着な振る舞い、契約とは、倫理とは何かを語る静かな口ぶりがやたらに印象に残るし、ウィルフォードの多岐にわたる博識ぶりが窺われる細部の書き込みは舌を巻くものがあった。解説でタランティーノの名前が出てくるけれども、たしかにそうかもな、というところがあった。ジャンゴ早く見たい。要はものすごい楽しいよね、そしてどこまでも哀しい、あまり使いたくない漢字だけれども、哀しいよねと、そういうところだった。Amazonで見てみたところ全集などはなかったけれど1円でいくつかの作品が買えるようだから、これは読んでみないといけない、というよりはとても読みたいから読みたい。今年はラテンアメリカ小説ばかりを読みたいと思っていたのだけれども、大きな逸脱が起こりそうな気がする。
ラテンアメリカ小説をということで年の瀬に買ったマヌエル・プイグの『リタ・ヘイワースの背信』を、とても長く掛かったのだけど先日やっと読み終えた。新宿のベルクで、腹が減りすぎて気持ちが悪くなって目眩に似た感じに陥りながら読み終えた。コーヒーを飲みながら友人を待っていた。
この水曜と木曜、店を2連休にして東京に行っていた。全体的には研修旅行という体でおもむき、まずはベルクに行った。去年の梅雨時に東京に行く際に友人に教えてもらって行きたかった店だったのだけど、そのときも年末も行けず、今回やっと行けた。昼ごはんを食べた。ジャーマンランチだったっけ、そういう名前の、パンが2切れとパテとハムとザワークラウトのやつで、パテのあまりの美味しさにびっくりした。そして感動的な空間だった。もう最高、もうこれ最高ですよ、とやたらに感動し、なので夜に友人と待ち合わせるときにも少し時間が空いたから行ったのだった。昼とは異なり、夜は多くの人が仕事帰りの一杯のビールを飲みにやってきているようだった。相変わらずにぎやかな場所だった。にぎやかな場所をまるで好きでもない私がなぜこんなにこの空間に魅了されるのだろうと考えると、何か、そこには、多くの年月を掛けて轍のように自然発生的にできた、その空間での過ごし方みたいなものがあり、それを初めての人間は周囲を見て学び、自身も実行し、というような、規律では決してないのだけれども、何か、空間がアフォードしてくるものがあって、それにおもねる、あるいは縛られるではなく、人々はあくまでも自発的にそこでの適切な振る舞いをするような、それは日和見ではなくて右へならえでもなくて、名前を付けるとしたら敬意とか尊重とか、そういう何か、気持ちのいいものが流れているように感じられたからだろうと今のところは思っている。2日で3回行ってどれも同じあたりに立って飲み食いしていたのだけど、隣にいた仕事帰りの若い女性がビールを飲み煙草を吸いスマホをいじり、飲み終え吸い終えたらぱぱっと立ち去るというようなあの感じ、隣にいた競馬場帰りのような老人がビールをちびちび飲みながら何かずっと店の動きを見ているようなあの感じ、せわしなく場所を変えようとするあの感じ、座席で男が女に熱っぽく何かを語り続けているあの感じ、どの感じも、感動的なまでに気持ちがよかった。東京に行く際には必ず寄りたいと思った。店長の方が書いた本も近く読むだろう。
風の強い日だった。いくつもの電車が遅延や運休になっている、と駅ではしきりにアナウンスが流れていた。たしかに、たくさんのものが強い風に煽られてひっくり返ったりしている様がそこにはあった。高円寺にも行ったので、なんとなく、かつて何度か友人のライブ等で行ったことのあった円盤にも寄ってみた。CDを買う習慣もあまりないので特別何かを買うこともないだろうと思っていたが、行ってみたらけっきょく、蓮實重彦の映画論の何かのやつと、彼女が少し前から欲しいと言っていたasunaのCDを2つ、popoを一つ、それからずっと聞いてみたかった吉田アミを一枚買った。2日だし、そう金を使うこともなかろうと思って3万円だけを財布に入れていったのだけど、そこで1万円出たのでいろいろと支障をきたした。吉田アミはずっと聞いてみたかったというのは確かなのだけど、行きの新幹線でメレディス・モンクを聞いていたことが大きく影響しているような気がして、ジャパニーズのフィメールのヴォイスパフォーマーはどんなところなのか、という興味なのだろうと思った。まだ聞いていない。asunaとpopoはとてもよかった。
最近はそんなことだから、習慣がないと言いながらけっこうCDや、あるいはデータでだけど、音楽を買っているらしく、円盤で買った四枚に加え、この一週間ぐらいで0『Soñando』、F.S. Blumm & Nils Frahm『Music For Wobbling Music Versus Gravity / Music For Lovers, Music Versus Time』、Grouper『The Man Who Died In His Boat』を買った。
東京の夜は蔵前にあるNui.というホステルに泊まった。蔵前にある、とかすらっと言ってはみたものの、蔵前ってどこですか、というところで、浅草の方面はまったく明るくないので乗換案内アプリにかなりのところ頼ることになった。蔵前は、おもちゃや飾り物の問屋がたくさんあるような町のようだったのだけど、蔵前の蔵の字からどうしても町田町蔵が浮かび、inu、少しずらしてNui.という命名ではないらしかった。縫い、とのことだった。少し前に同じ人たちが作っているtoco.というゲストハウスの方が店に来てくださったので、だけどそちらは満室だったので、今回はここに泊まった。オシャレで格好のいいところで、友人たちと飲んで帰ってきたあとに一階のバーラウンジで彼女とちびちびと、かっこいい空間を眺めながら酒を飲んだ。それはとてもいい時間だった。それにしても、出る前にちらっと見かけたnui.が取り上げられている新聞の紙面で読んだのだけどこちらは9000万掛かっているという。聞いたところtoco.及びnui.を始めたメンバーは私と同い年の27だ。9000万ってまた、桁がもうどれぐらい違うんだろうっていうぐらい違うなあと、凄まじいなあと。
新宿の中華料理屋で友人たちと飲んだ時間もまた、とても大切だった。人付き合いが少ない生活を送っているため、一緒に飲んでくれる人がまだいるということは、私にとって大いに救いになった。映画の話がたくさん出た。1月2月といいペースで映画を見ていたけれど、今月は私は全然見ていなかった。御茶ノ水で下りて2400円もするそばを出す蕎麦屋に向けてふらふらと歩きながら、アテネフランセの前を通った。いつまでたっても、あそこで映画を見たあとに「スージーが健気で」と大げさに愛おしむ友人の有り様を忘れない。その光景はリリアン・ギッシュの姿以上に私の脳裏に刻み込まれている。今アテネではワイズマンの特集が組まれているようだ。時間の関係でワイズマンに200分を割くことはできなかった。ワイズマンの特集とはなかなか縁がない。だけど、あの派手な色の建物の前を歩いただけで私はけっこうなところ、それでいいような気にもなった。そばは当然といえば当然かもしれないけれども、ものすごい美味しかった。店の愛想のなさがまたよかった。総じて、いい東京だった。
今月はだから、映画を見ていない。ベン・アフレックの『アルゴ』を見、それから今日、『ゼロ・ダーク・サーティ』を見ただけだ。どちらもCIAが中東でなんやかんやという話で、すこぶる面白かった。私はベン・アフレックの作品にどれも歓喜するし、この作家を信用するだろうとも思っているのだけど、一方で、何か強い感動や、痛みのようなものを与えてくることも今のところないようだ。見て、「すごい。抜群に面白い」となって、すぐに通り過ぎて行っている。たぶんそれが率直なところだ。『ゼロ・ダーク・サーティ』、面白かった。抜群に面白かった。クライマックスの作戦シーンは、ただただすごかった。明るい時間に遊び興じていた兵士たちが夜になり、緊張と力強さを一気に身に引き受けるあの変わり目が、ただならなかった。あんなに暗い画面をよしとしてしまう態度も私はとてもよいものだと思った。最後の最後の涙に、別にそんなものは見たくないと思ってしまう私の傲慢さはなんなのだろうか。渡邉大輔の『イメージの進行形』を読んでまんまとオーソン・ウェルズを見たくなって借りてきた『黒い罠』が途中で止まっている。冒頭の、爆発に至るまでのワンシーンワンショットに「わあすごい」となりながら、何がなんだかよくわからなくて驚くほど話とか人の関係が頭に入ってこない。3時半。今日も疲れた。本当によく働いた。明日ちゃんと起きられる気がしない。吉田アミ超かっこいい。